「本物指向」は父の影響

2011.06.13

私は自動車教習所を設立するにあたって、必要なお金は、すべて金融機関からの融資で賄いました。父や石見交通からは、一銭も出してもらっていません。勘当された身ですから、困ったときに何か相談するということも、いっさいありませんでした。ですから、自動車教習場は、父とはいっさい関係ないと思っていました。しかし最近になって、父がいたからこそ、このような教習所がつくれたのだと思うようになりました。父はすでに鬼籍に入り、私自身、八十歳を超す年齢になりました。それでも父より秀でたと思えるものは、何一つありません。いまだ父の影響下から抜けだしておらず、ある意味で、自動車教習場の創業者は父であり、私は二代めにすぎないと思うこともあります。私は創業当初から、経理を身内に任せるなどして、会社を個人のものにしようとは考えませんでした。現在の社長も身内ではありませんし、やがて会長職を譲るときも、身内に継がせようとは思っていません。できるかぎり自動車教習場を立派な教習所に育てて、そのあとは社員たちがもっともふさわしいと考える人に跡を継いでもらえればいいと考えています。これも会社を社会の公器と考えるからですが、こうした考え方も、元をたどれば父の影響です。石見交通における父の姿勢を振り返ると、つねに「社会の公器として、どうあるべきか」を考えていたように思います。そんな父を身近に見ていたので、自動車学校を設立するときも、しぜんに会社は「社会の公器」と考えられたのです。明治生まれだった父は、ハイカラな人間でもありました。戦前から、当時は珍しかった水洗トイレや芝生のある家に住み、イギリスから取り寄せた銃で猟を楽しんだりしていました。一方、感性が鋭く、妥協をいっさい許しませんでした。
[Pick Up]
東京都の自動車教習所・自動車学校をお探しならコヤマドライビングスクールへ
http://www.koyama.co.jp/